知られざるシーチキンの世界


マグロやカツオを油漬にした保存食「シーチキン」。本来なら総称して「ツナ」と呼ばれるのが妥当だろうが、日本人にとったらシーチキンといったほうが馴染みが深いと思う。サラダ、パスタ、卵焼きの材料としては勿論のこと、味噌汁なんかにも合い、その使用用途は多岐に渡る。あまり裕福ではない家庭で育った私に言わせれば、白米のおかずにシーチキンオンリーでもなんら問題ない。

ここ最近、妻に料理を任せっきりで私自身が台所に立つことが減っていた。妻が職場に復帰したこともあり久々に料理をしようと思い立って、近所のバローに食材を買いに行ったのは昨日のこと。

 

野菜売り場から、鮮魚売り場、精肉売り場、お惣菜売り場を巡り、向こう3日間分の食材をカートの中へ。そのままレジに向かおうと思ったが、ふと独身の頃に良く自分で作っていた「スプラウトシーチキン丼」を思い出した。白米の上に大根おろし、シーチキン、ブロッコリースプラウトの順に乗っけて醤油を適量廻しかけ、胡麻を適当に振るという至ってシンプル且つ簡単で、料理を作るのが面倒な時や時間がない時に重宝する丼ぶりである。私はレジに向かいかけた足を止め、缶詰売り場に向かった。

缶詰売り場に着くと、そこには様々なメーカーのマグロの油漬け、通称「ツナ」が陳列されていた。私は迷うこと無くはごろもフーズのシーチキンマイルドに目をやった。3缶がセットになったものがお買い得の198円、いい時代になったものだ、と感心しながら手にとったその時、私の視界に興味をそそる物が飛び込んできた。「シーチキンファンシー 248円」である。たかが1缶で、シーチキンマイルド3缶を凌ぐ価格。ドラゴンボールのナメック星編で例えるなら、シーチキンマイルドがピッコロ、クリリン、悟飯。シーチキンファンシーはフリーザ様である。

私はその価格の差に戸惑いを隠せなかった。3缶で198円か1缶で248円か。値段相応の味がするのではという期待と、所詮はマグロの油漬け、大した味の違いはないだろうという思いが交錯し、缶詰売り場で3分程悩んだ。しかし、私が選んだのは3缶で198円のシーチキンマイルドだった。理由はコストパフォーマンス。先で述べた「スプラウトシーチキン丼」は1人前あたり、1缶のシーチキンを使用する。「スプラウトシーチキン丼」にシーチキンファンシーを使用するということは、我が家のエンゲル係数を無駄に上げてしまうことになるからである、といえば格好は良いが、ただ単にケチっただけである。

自宅に帰り、台所に立つ。この日の献立は「エビマヨ」と決めていたため、シーチキンを使用することはなかった。しかし、エビに片栗粉を絡ませている時も、炒めている時も、ソースを絡めている時も、レタスをちぎっている時も、調理をしている間「ファンシー」という単語が頭から離れることはなかった。やがて、クックドゥの出来合いソースをぷりぷりしたエビに絡めただけ、という「チート」と言われても過言ではないエビマヨが完成した。私はそれらを食卓に運び、妻と食卓を囲んだ。

妻や家族と揃って食卓を囲むときは、決まってお互いの今日起こった出来事などの話をする。仕事先での出来事や通勤途中に見たもの感じたものなどの話。この日も、お互いの色々な話とエビマヨをおかずにいつも通りの夕食を送っていた。食卓の真ん中におかれた皿に盛られていたエビマヨが、残り2尾くらいになった時だろうか、お互いの会話が途切れた。時間にして1分程、茶碗に箸があたる音しか聞こえない静寂。その静寂に耐え切れなかったわけではないが、私は妻に向かって口走ってしまった。「シーチキン ファンシーって何や?」と。

私のこの唐突な問に、彼女は驚いた様子だった。言うなれば、鳩が豆鉄砲を食らった顔というところだろうか。自分の夫から何の脈略もなくいきなりシーチキンに対する問いを投げかけられ、返答を求められる。彼女が驚くのは無理もない。私はそんな彼女を不憫に思ったわけでもないが、なぜこの問を投げかけることになったのか、という経緯を説明した。そして、1缶あたりの価格がシーチキンマイルドの約3.5倍のシーチキンファンシーの存在を彼女が知っているか否かの回答を求めた。しかし、彼女からの返答は「知らない」だった。

程なくして夕食も終わり、私が洗い物をしている時だった。妻がiPhoneを片手に「へぇ~」と感心しながら私に近づいて来た。私の隣に来るや否や彼女は呟いた。

「夏の太平洋を黒潮にのって日本近海まで北上する旬のびんながまぐろを使用したシーチキンの特選品です。本品は、びんながまぐろのかたまりタイプです。」

彼女は自らの夫のためにインターネットでシーチキンファンシーを検索していたのだった。私は洗い物を途中で停め、彼女のiPhoneを覗き込んだ。その美しいRetinaディスプレイ映しだされていたのは「はごろもフーズ」のWEBサイトだった。「シーチキンファンシー」、「シーチキンとろ」、「シーチキン炙りとろ」、「シーチキンアスリート」・・・そこには知られざるシーチキンの世界が広がっていた。私はそれらのラインナップに心を奪われたと同時に、私がこの世に生を受け三十余年、「シーチキンマイルド」以外にもこんなにもラインナップがあることに感動すら憶えた。

この時に判明したことだが、「シーチキンマイルド」は主にインド洋など遠洋のカツオを油漬にしたもの、「シーチキンL」は遠洋のキハダマグロを油漬にしたものということらしい。故に、日本近海でとれたビンナガマグロを使用した「シーチキンファンシー」が高額なのは至極納得のいくことであった。

いつかシーチキン全ラインナップを食してみたい、というささやかな希望を胸に、次回の夕飯の買い出しの時には「シーチキンファンシー」を購入してみようと思う。

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